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シャクティの映像から抜粋〜考えたこと/解説
  シスター・チャンドラと出会い、シャクティの踊り手たちを追いかけ始めなければ、私は一生に一度もドキュメンタリー映画を撮ることはなかった。そう言ったらシスターは「God’s Will」(神の御遺志です)と笑って答えた。
 インドという国の圧倒的な存在感と風景、そして静けさは、私に様々なことを教えてくれた。いまでも、教え続けている。日本で、保育や教育の問題、子育ての意味について考え書き、0歳児の役割について講演している時に、私は時々原点に還るようにシャクティの風景を思いだす。人間が長年共有してきた次元や意識がその中にある。
 そして、繰り返し考える。「人間はなぜ踊るのか」。
 
  オープニング http://youtu.be/YXk7xexQR8I  解説
 
  草原で。「幸せとは?」 http://www.youtube.com/watch?v=uoQXhyz0rOg   解説
 
  子どもたちの行進?卒業式http://youtu.be/_uUnaHuViqk   解説
  村での生活と伝統的母親像 http://youtu.be/xCFYYAUjbXU  解説
  シャクティの公演   http://youtu.be/hdg4mpjTebQ   解説
  セルバの結婚観   http://youtu.be/h3OpPP_JY_g   解説
  幸せのものさし/人はなぜ踊るのか  http://youtu.be/HQzmRCO_vTw  解説
  「分かち合うこと。」    http://youtu.be/SUaQXFUp1_M    解説
 

オープニング

 シスター・チャンドラと出会い、シャクティの踊り手たちを追いかけ始めなければ、私は一生に一度もドキュメンタリー映画を撮ることはなかったでしょう。そう言ったらシスターは「God’s Will」(神の御遺志です)と笑って答えました。
インドという国の圧倒的な存在感と風景、そして静けさは、私に様々なことを教えてくれました。いまでも、教え続けているのです。日本で、保育や教育の問題、子育ての意味について考え、書き、0歳児の役割について講演している時に、私は時々原点に還るようにシャクティの風景を思いだします。人間が長年共有してきた次元や意識がその中にある。
そして、繰り返し考えるのです。「人間はなぜ踊るのか」。

 

草原で。「幸せとは?」

 「祭り」は、人間の進化や伝統の中で大切な役割を果たしてきました。絆に頼り、絆を信じて生きるしかない人間たちに必要な大切な行事です。生きている意味を確認し、体現することなのでしょう。
そして、祝うことが、祈ることであってほしい。祈ることが、祝うことであってほしい。そんなメッセージが伝わってきます。
今のかたちの宗教が現れる前にあった人間のつながり方、原始的な祈り方を「アート」という言葉でシスターは表現したのだと思います。この次元のつながりを取り戻すことが、人類に必要なのだ、と言っているようです。
日本の小学校で、毎朝子どもたちが「輪になって踊る」ことで、このつながりを実感出来るような気がします。こういう次元のコミュニケーションの入口に「0歳児が眠っている」のだと思います。
このインタビューの中でシスターが、「幸せとは?」という私の質問に、「集まること」と答えます。このタイミングが私は好きです。ドキュメンタリーという形でなければ残せない、宇宙にたった一度しかないタイミングのような気がします。時々、こういう瞬間のために生きているような気がするのです。
(園長は父親をウサギにする権利を持っている)

 たくさんの保育園や幼稚園に講演に行き多くのことを学びます。先日行った園では、私の講演とお遊戯会を組み合わせていました。父親もビデオカメラを持ってやって来ます。子どもたちの一生懸命な演技が終わると、間髪入れず、私の講演に移る。逃げる間はありません。
私の講演のあと、お遊戯会の続きがあって、お父さんたちが「ウサギ」にさせられていました。
保育士たちが、手ぬぐいに長い耳をつけた簡単なウサギのかぶり物を用意しておいて、講演が終わると、「ハイ、お父さんたちは、ウサギになってくださ?い!」と言って手渡します。
保育園で保育士にウサギになれと言われたら、「なるしかない!」。
そして、お父さんたちが確かに変わる。保育園でウサギにさせられたら、誰だって変わる。手ぬぐいを利用したかぶり物ですから、顔の部分はいつも見えます。引きつった顔でかぶったお父さんも、三分すればウサギです。競争社会で固まっていたお父さんたちのこころが、溶け出します。それを見て一番喜んでいたのがお母さんたちでした。
幼稚園や保育園という魔法の場所には、「父親をウサギにする権利」が与えられている。何か凄いものを見た気がしました。人類の平和につながる糸口を発見した気がしました。
最近保育園で学んだことの中で、一番の学びでした。
園長は父親をウサギにする権利を持っている。校長や社長は持っていない。総理大臣だって持っていない。この権利は、いつ誰が園長に与えたのか。宇宙から与えられた権利にちがいない。だから強い権利です。最近「権利」と呼ばれる物のほとんどが「利権」である場合が多い。しかし、これは絶対に「利権」ではない。この権利だけで、子どもに安心して幼児期を過ごさせる環境を勝ち取る闘いに、勝てるだろうか。
勝てるかもしれない、と私は思います。お父さんたちも実はウサギになりたかったのです。
数週間経ち、園長や保育者が握っている「父親をウサギにする権利」について考え、行き着いた結論は、「人は幼児という神様、仏様、絶対的弱者の前では、正しい方向に進むしかない。たとえそれがウサギになることであっても」というものでした。そして、それは宇宙が人間のために用意している目的と重なるように思えました。

 (お父さんたちも心の奥底でウサギになりたがっていた。昔,男たちは年に2、3回、「祭り」の場でウサギに還っていた。自分の中に,神様仏様だった時の自分がちゃんとまだいることを確かめていた。ウサギに還れることを確認することは、いつでも幸せになれることを確認すること。頼りきって,信じきって、幸せそうだった、一番完成していた自分が、4歳の頃宇宙に存在していたことを思い出す。)

 お父さんたちをウサギにしてお母さんたちが喜ぶ。これがいい。お母さんたちをウサギにしてお父さんたちが喜ぶ、これでは駄目です。
子どもたち、という神様が見ていますから。

(もっとウサギの話)

 校長先生をうさぎにするのはちょっと難しいかもしれません。それは、たぶん校長ごころ、と親ごころが、違うからでしょう。でも、これは違っていいのか?
今、日本も欧米の後を追い、家庭崩壊が始まり、親たちの心で子どもたちが守られなくなって来ている世の中だからあえて言います。子どもたちの幸せを優先的に考えるなら、校長先生たちもウサギになる決意をしなければならない。
かぶりものをしてから父親がウサギになるまで3分かかるのなら、校長先生は5分かもしれない。でも、3分と5分のちがいは、2分。
お父さんたちは、なんでウサギになると嬉しいのか。
それは、昔、自分が簡単にウサギになれたことを覚えているからです。自分自身でいることの楽しさを思い出すことがまだ出来るからです。幼児を育てているお父さんは、特にこのことを思い出しやすい環境にあります。幼児の親は、人生のタイミングとして、幸せのものさしを探している人間たちです。
昔、自分は簡単にウサギになれた、それをお父さんが思い出すと、幼児期の体験が、まわりに守られた幸せであったことに気づきます。幸せは、まわりに守られて、存在することに気づきます。
昔、自分は簡単にウサギになれた。
それを忘れていても、いま思い出すことが出来たのは、自分が昔も今も、守られているからだ、ということを知ります。それぞれが、それを知った時に、人間は本当の絆で結ばれるのでしょう。

 日本で、シスターがインタビューを受けたとき、何度か通訳をしました。通訳をしながら新しいことを学びました。
ダリットの村では、祭りが重要な役割を果たします。村人が心を一つにするために祭りがあります。心が一つになっていないと暮らしていけない仕組みになっているのでしょう。 シスターが言うには、ある一家とある一家がもめていると、その年の祭りは中止になるそうなのです。来年に持ち越しです。これにはびっくりしました。
日本で、たとえば川越祭りが何月何日に行われる、と決まっていたら絶対に行われます。ポスターを作って宣伝して、地域経済の活性化のためにも、みんなで準備して必ずお祭りになります。
祭りがインドでは生活の一部になっていて、どれくらい大切なものか知っているだけに、心が一つになっていないから今年はやらない、というダリットの村人の潔さに感心します。こんな村で育ってきたんだ、この娘たちは、と思います。
わかちあうこと、頼りあうこと、信頼関係が生きる力になっている村では、どんな年代の村人でも幼児と接する機会を持っています。幼児と肌を接することが、人間に信じることの大切さ、幸福感を教えます。日本のような社会では、自分の子どもを抱いた経験を持つ人でも、子どもが成長してしまうと、赤ん坊を抱く体験をほとんど持ちません。しかし、二〇代に幼児を抱くことと三〇代、四〇代、五〇代に幼児を抱くことでは、感じ方が違うのです。いま、私は、保育園の先生たちと一緒に「一日保育士体験」を広めようとしているのですが、日本の会社や役場で、あらゆる人にとって年に一日保育士体験が常識になれば、日本人の心がきっと一つになっていくと思います。

子どもたちの行進?卒業式

 シスターの新しい試み、第一回シャクティセンター・サマーキャンプに向かう子どもたちの映像です。ダリットの少女たちは、学校に行かせてもらえない子どもが多いのです。労働力という側面もありますが、安全ではない、ということもあります。

 埼玉の教育局の方々にシャクティの映像の一部を見せて講演しました。
シャクティの映像の中にある、メッセージが、これからの教育を考える上で大切になってくるような気がします。次元をクロスオーバーして、「集まること」そして「わかちあうこと」この二つのメッセージが生きてくると思います。
この映像の中に出てくる、第一回のサマーキャンプに向かう子どもたちの姿には、「ああ、こういう子どもたちに教えることが出来たら幸せだろうな」と思わせる、学校の原点があるように思います。
教える事で先生たちが幸せを感じる、教える側の幸福感を基盤に、本来、伝承は成り立っていくのです。子どもたちが、教え手を育てる、それが親子関係の本質です。
シャクティセンターに向かうあの子たちのように、明るく、潔く、堂々とした表情が、そして草原を並んで歩く風景が、学校に命を吹き込むのです。あの子たちは貧しいけれど、とても「育ちがいい」感じがします。親心に育まれた、安心した表情です。
シャクティセンターの先生たちはシャクティの踊り手たち。教職の免状もなければ教え方を教わった娘たちでもありません。しかし、村の生活の中で、特に娘たちの間に,いつの間にか「教え、教えられる関係」が育っている。そして、たった8日間のサマーキャンプから生まれる「美」。
家族、村、そしてシャクティセンターを包み込む人間たちの「信頼関係」が、たった8日間のサマーキャンプに、「真の学校」を映し出すのだと思います。

 不思議なのは、シャクティセンターのサマーキャンプは、読み書きや人権の真ん中に「踊ること」があるのです。教えることの中心に「和」があるのです。
日本の学校も、一日1時間は必ずみんなで輪になって踊る。そんな方向に遺伝子から湧き出るような教育改革が出来たら、きっと日本は、昔のように絆で結ばれた美しい社会に戻るのだと思います。
決して不可能なことではないのです。そういう視点を取り戻せないほどに、感性が鈍ってしまっているだけです。人間がシステムを作っているうちに、いつの間にか、システムが人間を作るようになってしまったのです。
(「なぜ 私たちは0歳児を授かるのか」国書刊行会より)

   
 

村での生活と伝統的母親像

 このインタビューは、私の視点を大きく変えました。
カースト制を肯定するわけでは決してありません。しかしそれがこれほど長く維持されて来た背景に、母親たちがいたのです。やっと理解出来ました。歴史や伝統にはその奥に必ず幸福論を伴った意味がある。その深い意味を知らずに、やみくもに改革や進歩があっても、それは時として急速な人間性の崩壊につながります。いま、理念と人間性のぶつかりあいが、全世界に緊張感を生み出しています。
編集でカットされていますが、私はモルゲスワリの両親に、何か私に質問はありませんか?と尋ねたのです。
「結婚しているか?」と聴かれました。
している、と答えると、「子どもはいるか?」と聴かれました。
「いる」というと、二人とも安心したように笑いました。

 
 

シャクティの公演

 シャクティの踊りを始めて見たとき撮った映像がこの映像です。私は体の芯から揺さぶられていたのを覚えています。ファインダー越しに涙があふれました。その後、幾度も彼女たちの踊りを見て、その潔さに感動しているのではないか、と思うことがあります。職業でも、趣味でもない、しかしとても強いメッセージ性のある踊り。一般のインド人、とくに上のカーストの人たちからは忌み嫌われ、そっぽを向かれることも度々ある踊りです。それなのに、それを踊る少女たちに欲がない。計算外のところで踊っている。

 シャクティの踊り手たちが日本を走り抜けて行った時のこと。
日本に着いた踊り手たちは、成田からのバスの中、初めて見る東京にことさら驚くふうもなく、いつもどおりの笑顔で大都会を見つめていました。広がる夜景に歓声があがることもありませんでした。黙って、楽しそうに窓の外を見つめていました。どこへ行ってもだいたいそうでした。
欲がないからでしょうか。私たちが「感動」と呼んでいる感覚は、そのほとんどが情報を土台にした「欲」の一部なのかもしれません。
ピラミッドを見たとき、私たちはその歴史的な意味、見ている自分が遠くからきたこと、様ざまな情報が重なりあって、「感動しなさい」と自分をコントロールするのかもしれません。「感動しなければ損です」という意識があって、指図するのかもしれません。欲を持つ習慣がない娘たちには、ピラミッドはただの石かもしれません。それとも、その巨大さに細胞から感動するのでしょうか。グランドキャニオンだったらどうだったろう。私は都会を見つめる娘たちにもっと感動してほしかった。
はにかみながら神社を見学し、太古の目線で雑踏を見つめる娘たちは、なぜかステージで驚くほど輝きました。人は人であるだけでこれほど美しい、と私に教えてくれます。
そんな中、シャクティの踊り手たちが感動していた瞬間がありました。浦和のはとり幼稚園で園児たちと手をつないで輪になって踊ったときでした。
園児には誰も何も説明しません。カースト制度のこと、差別のこと、彼女たちが踊る意味のこと。説明してもわかりませんから、誰も説明しませんでした。ただ、踊ったのです。自然に輪ができました。幼児と手をつないで一緒に踊りながら、いつもはおとなしく控え目で、あまり感情を表さずに恥ずかしそうに笑っているだけのマハーラクシュミが泣いていました。平等のために踊っていた彼女たちが、初めて平等を感じたのかもしれません。だれも何も説明しないから、そして園児は知識を持たずにただ嬉しそうにしていたから、突き上げてくるもの、込み上げてくるものがあったのだと思います。幼児が人間をつなぐ、人間が安心する絆の存在を教えてくれる。神々なのだと思います。

   
 

セルバの結婚観

 セルバは、私が一番好きだったダンサーです。天性の踊り手でバリシニコフよりフレッド・アステア風、いわゆるストリート系ダンサーです。表現しようとしていないのに、ただ踊っているだけで手足の先まで地球のリズムを感じます。

 インド人の9割以上が親の決めた相手と結婚して行きます。これを人権問題とか、意識の未熟さと見るのは簡単ですが、親子の信頼関係、ととらえることも出来るのです。先進国社会で失われつつある家族の信頼関係からくる安心感。私には、インドの現実が、我々がそれから何かを学ばなければいけない人類の歴史のように思えます。セルバの表情を見ていると、それを感じます。
信じることで互いを育てあう、「親子」という絆のひとつの完成したかたちを見るのです。

 セルバを撮った3年後、シャクティが日本に来て、インタビューにタミル語の通訳がついたとき、記者の質問に紛れて、リーダー格のエスターに質問してみました。セルバにインタビューをして以来、いつかは聴いてみたかった質問です。
「悪い夫に当たったらどうするの?」
すると、十九歳のエスターは笑って言いました。「いい夫にするの」
十九歳の娘が結婚の一部としてこういう理解をしている。どこで習ったのでしょうか。たぶん生きるために必要なことなのでしょうね。人間が。人類が。
村は共同体です。競争社会ではないのです。

 
 

幸せのものさし/人はなぜ踊るのか

 このドキュメンタリーの中で、私は意識的に男と女を対比させます。
映像の中でやっているので気づかない人も多いのですが、何度か見ると、ちょっと男が間抜けに見えてくる。それは、もうそうだったのだから仕方ない。
男と女の役割は確かに違う。インドのように、家族という仕組みを社会の基盤とする場合、ますますそれは鮮明になってきます。選択肢のないことの強みは、迷いや後悔が減ること。人間は一般的に自己責任には耐えられない。自分のために生きるのは難しいのですが、親や子、家族のために頑張るのは意外と簡単です。
生きることは「踊ること」なのだと思います。

 
   
 

「…分かち合うこと。」

 貧しいから、「わかちあう」しかない。そして、「わかちあう」と、人間は美しい。

 ダリットの村を、ただ「美しい」と表現するつもりはないのです。マハトマ・ガンジーがダリットをハリジャン「神の子」と呼び、死後50年経っても、いまだに一部の人たちから許されない、そういう事情があることを知った上で、あえて尋ねた私の質問に、シスターは神との関係の中で答えようとしてくれました。神に人権意識を教えるという矛盾をシスターの顔が物語っているようにも思えます。

(豊かに弱い人間)

 あるお医者さんに教わったのですが、人類は、過去過ごした時間をすべて足すと、99.9999999%、貧困の中で過ごして来たそうです。ですから貧困には強いけれど、豊かさに弱い。生物学的に見ても、血糖値を上げるホルモンは20種類もあるのに、血糖値を下げるホルモンはインシュリンしかない、これは精神的にもそうなのではないか、というのです。
豊かになった国ほど、自立し、孤立し、みんなで幼児を眺めなくなり、絆が徐々に崩壊し、うつ病などの精神的病が増えるのです。自由、自立という言葉の先にあるのは自己責任。絆がまわりにないと、往々にして自己責任は孤独な自己嫌悪につながります。
自己嫌悪が人間には非常につらい。なぜなら人生は自分を体験することでしかないからです。経済主体の考え方で動いているアメリカ社会を見ていると、自立という言葉が絆をつくって守り合うことをやめた人たちの責任回避だと思えてきます。
貧困の中で培われた人間の特性に、男らしさ、女らしさ、があります。この生きるための性的役割分担もまた、近頃、豊かさとぶつかります。利権争いに巻き込まれます。
古人類学では、男は狩りに出て、女が子どもを見るという労働の役割分担ができたとき、人類は「家族」という定義を発見した、といいます。欧米先進国を見ていると、性的役割分担が薄れた時、人類は「家族」という定義を見失う、というのはほぼ当たっていると思います。
その国が豊かなうちはそれでもいいでしょう。でも、家族という定義を失うと、人間は、たいてい豊かさに見放される。そして貧困の中で家族がいないと人間は生きられません。
(「なぜ 私たちは0歳児を授かるのか」国書刊行会より)

(伝統的家庭の価値観)

 アメリカという現在進行形の移民国家では、一世、二世、三世、そしてルーツの違う男女の婚姻によって祖国の影響が薄くなった人たちが、渾然と暮らしています。「一般論」が成立しにくいアメリカで、移民後の世代割りによる一般論が人種や文化を越えて比較的成り立ちます。中国やインド、ベトナム、東ヨーロッパなど文化的背景が異なる人たちでも、移民前の「祖国」には共通して長い歴史を経た家庭観があって、それが、親子関係の質、家庭の「形」において似通っているのです。時間の中で培ってきた幸福の土台や安心感の置きどころが家族の絆にあって、その絆を保つために造り出された様々な「ルール」や「常識」、「人生観、幸福観」に、文化を越えて共通点が多いのです。ごく最近まで、ほとんどの文化で、生きてゆくためには「家族」が社会の最小単位であって「個人」ではなかった、ということです。
アメリカの大統領選挙や連邦議会選挙の度に、社会を立て直すために一番必要なもの、として掲げられる「伝統的家庭の価値観」(Traditional Family Value)とは、これを指しているのです。
日本は、もともとこうした「伝統的家庭の価値観」に関して優等生でした。だから先進国の中で抜群に状況が良かったのでしょう。
アメリカにおける移民後の世代を定義してみます。
一世は、主に祖国、長い歴史を持った文化圏の「家庭」で育ち、その文化圏で「学校教育」を受けたか、まったく「学校教育」を受けなかった人たち。
二世は、主に、祖国の文化圏の価値観を強く持った「家庭」で育ち、アメリカで「学校教育」を受けた人たち。
三世は、主に、祖国の文化圏の価値観が薄まった「家庭」で育ち、アメリカで「学校教育」を受けた人たち。
そして、その次に祖国の文化圏の価値観をほとんど持たずに、アメリカの価値観を持った「家庭」で育ち、アメリカで「学校教育」を受けた人たちがいます。
統計的に見ると、英語や読み書きがあまり出来ず、社会習慣などでもハンディキャップを負っているはずの移民一世が、アメリカで経済的に成功する確率が最も高いのです。二世、三世と、アメリカの社会構造や価値観に染まれば染まるほど、経済的成功、アメリカンドリームを達成する確率が低くなっていくのです。アメリカ型社会に慣れるほど、アメリカ型成功をしなくなる。仮に経済競争を幸福論の中心に置いたとしても、家族という絆が崩壊すると、自立は孤立につながり、成功する確率は下がっていくのです。失敗しても還る所がある、絆に基づく安心があること、心の余裕が、経済競争でも有利にはたらくということなのです。
グローバルな競争社会に巻き込まれようとしている今の日本社会でも、社会進出という言葉を使って経済競争に参加することが奨励されています。政府の待機児童0作戦もそうですが、この国がグローバルに競争力を持ち続けることが「いいこと」という前提のもとに福祉や教育制度が動いています。幼児を眺める時間が減り、親子関係を土台にした絆に基づく安心が希薄になる中で、摂食障害、引きこもり、不登校、うつ病といった豊かな国特有の精神的な病が増えています。摂食障害をもつ人に成績優秀者が多いのも、体験の伴わない情報に基づいて競争社会を意識した時に、人間は不安を感じ、絆に基づく安心をより求め、その希薄さを肌で感じ現実に背を向けるということなのでしょう。
(「なぜ 私たちは0歳児を授かるのか」国書刊行会より)

(子育てをわかちあう)

 同志の保育士たちが言います。8時間保育が11時間開所になった時、何かが崩れ始めた、と。
8時間保育のときは、まだ、親たちに「この人」にあずける」という意識があった。朝、子どもをあずける人と帰り受けとる人が同じ人(保育士)だったのです。11時間開所になり、保育士は8時間勤務ですから朝と夕方、顔を会わせる人が必ず別の人になった。
「この人にあずける」が「この場所にあずける」になった。子育てが人間たちの手からシステムの手に移った、と言ってもよいでしょう。
埼玉では、11時間開所になった翌年、親たちは平均10時間15分あずけるようになりました。この失われた2時間15分の間に地球に何が育っていたか、行政も政治家も学者も気づかない。
「11時間開所になり8時間労働のシフトがずれ、保育士たちが一同に会してお茶を飲む時間がなくなりました」と園長先生は嘆きます。こうした時間が保育士たちの育ちあい、癒し、結束、情報交換にどれほど重要だったか。大人たちの一緒にお茶を飲む時間が、子どもたちの育ちにどれほど大切な意味を持っていたか、深く考えずに施策は進んだのです。
一杯のお茶を飲むことがこれほど大切にされた国はなかった。一杯のお茶を飲み、時空をわかち合うことで宇宙との和を感じようとした利休が、保育園の11時間開所に泣いている。日本という「和」の国が悲鳴を上げ始めています。
一人の園長が、ひとつの悲しい光景に見ぬ振りをした瞬間に、この国を守ってきたわかちあう魂がひとつ消えていく。

 最近聴いた一番悲しい話。
保育園の運動会で「お弁当をつくるのが嫌」という親が、お弁当の時間に夫婦で子どもを車で連れ出し、コンビニの駐車場で食べさせていた、というのです。
こういう光景に、園長先生たちが口をつぐみ始めたとき、不安が広がっていきます。こういう光景が「自由」や「権利」という言葉で守られているのを見た時、人間は未来を考えるのをやめるのです。
(「なぜ 私たちは0歳児を授かるのか」国書刊行会より)

(C) Kazu Music Japan 2009